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踏んづけた櫛が、また折れた [穏やかに大爆発]

キムタクヤマト.jpg

 おやつぽりぽり。コーヒー飲み飲み。

 スナック菓子の包装紙に木村拓哉さんが印刷されていました。実写版宇宙戦艦ヤマトの映画が公開されているらしく、その宣伝活動の一環なのだと思われます。子供の頃からこの「O'zack」というお菓子を食べておりました高菜らいす、久々に手に取りまして、その包装紙に意表を突かれましたのだ。コラボ、というビジネスモデルもだいぶ浸透した感がある昨今ですなあ。

 さておき胃腸が平常運転に戻りましたので、コーヒーなんぞをいただきつつ過ごしております。脇にはスナック菓子を用意したりね。帰宅途中のバスや電車の中で、ほいっとチョコを口に入れるととても気分がよくなる、そんな寒い冬がやってまいりました。

 植物観察ももう三年目くらいでしょうか、昨日は風の強い日で、イチョウ並木からイチョウの葉っぱが降り注いでいました。それはまるで吹雪のよう。ところで「パックランド」というファミコンゲームをご存知でしょうか。パックマンに足が生えたキャラを動かしフェアリーランドを救う、横スクロールのアクションゲームだったと思います。仕様なのか裏技なのか忘れましたけれど、ある条件を満たすと、画面上にお花が大量に振り続けるのです。それはもう壮観でした。そのことをちょっと思い出しながら、降り注ぐイチョウの枯葉を顔に受け止めたりしました。

 明け方には、キンシバイの葉の上に真ん丸な水滴がたまっていたり。雨降りではない日でも、霜の降りるような天気の日であると、やはりキンシバイの葉には水滴が粉を吹いたようについていて、うっすらと白くなっています。そこへふうっと息をふきかけると、水滴が集まってぽろぽろぽろっと落ちて行くのです。これが高菜らいすの密かな朝の楽しみだったりします。「密か」なので、みなさん、内緒にしておいてくださいね。

 今日もなんだか眠いです。
 おやすみなさい。


イーカンジ無敵にスースメー [穏やかに大爆発]

249円の幸福.jpg

 12月になりましたねー。

 今日はお仕事でヘトヘトになりながらスーパーマーケットへと赴いたところ、お寿司の半額シール付きに出くわしました。498円が249円になりましたのだ。10貫も入っていてこのお値段、すかさず手にとっていたよ。お寿司、食べたかったのだ。498円でも安いと思うのだけれど、そのままのお値段であればたぶん手に取らなかっただろうと思います。ふふふ、やったー。遅くまで頑張った高菜らいすに誰かがご褒美をくれたに違い有りません。

 ふふふ。

 そういえば「自分にご褒美」という言葉は、なんだかネット上ではあまり良い印象を持たれないセリフの御様子。自分へのご褒美、というのはバカにされているネットなのです。しかし高菜らいすはあえて異論を述べたい。別にいいじゃん、頑張ったんだろうし、自分にご褒美あげたって。社会人ともなれば、頑張っていてもそれが当たり前、というような風潮もございます。しかしまだまだ学生気分も抜けない未熟な人間である自分に、仮に、自分を客観視しておきまして、「高菜らいす、がんばった?」「はい、がんばりました」「ではご褒美をあげましょう」「ええー! ほんとですか!」と、一人二役で遊んだって、いいじゃなイカ。

 そんなわけで、ゲソが美味しかったでゲソ。

 


じゃあ拳で語り合おうではないか [穏やかに大爆発]

コブシ界で二期作が流行ってる.jpg

 コブシが咲いていた……。

 北国ではコブシの花が咲き始めると、それを自然からのサインとして捉え田植えの準備を始めると聞いております。それでは高菜らいすはこれから田植えを始めねばならない。いいえ、始めません。だって季節は秋なんですもの。さらにたとえ春ではあっても、高菜らいすは田んぼを持っていないので田植えはできないのですけれどね。ああ、田んぼで田植えがしてみたいな。

 もちろんトラクターに乗ってみたいんであって、手で植えるのは勘弁な。高菜らいすは腰痛持ちなのです。ここ数年は健康管理に大変気をつけ、寝る前のマッサージで体をほぐすことを怠らずにいるので腰痛からは逃れられています。その代わりと言ってはなんですけれど、今年の夏は頭痛に悩まされた夏でもありました。めまいもしたし、顔の筋肉がヒリヒリと動いてしまったりしました。なんとか収まってはいるものの、これからはますます気をつけないといけませんと鼻息を荒くしているところでございます。

 さておき、コブシの花が咲いていたのです。今日は9月19日です。そろそろ「秋へのとば口」なんて呼んでも良いのではないか。ちなみに「とば口」というのは「入り口」や「入り口付近」のことを差す言葉だそうです。ふと思い立って使ってみました。使い方、合っているかなー。

 そうです、コブシなのです。コブシの花が咲いていたというお話でした。9月にもなって花が咲いてしまうなんて。こういうことってよくあるのでしょうか。他の植物、たとえば「ハクチョウゲ」などは春に花を咲かせるのですけれど、関西以西の暖かい場所では秋にも咲くことがあり、実際に目の当たりにしたこともありました。他には「ベニバナトキワマンサク」が秋に咲いているのも見たことがあります。これも春に咲くのが通例だそうです。

 コブシも秋に咲いてしまうことがある。そういうことなのでしょうか。あるいは、これらは全て高菜らいすの目の錯覚で、目に映っているのはコブシではないのかもしれないという可能性。高菜らいすの妄想だったのではないか。いや、画像を見てくださったらわかると思うのですけれど、たしかにこれはコブシです。

 うーん。

 こないだ台風がきたとき急に涼しくなり、そして本日汗ばむ陽気なので、コブシさんは勘違いしてしまったのかもしれない。新たな疑問としては、秋に開花してしまったコブシは来年の春に花を咲かせることができるのかということ。引き続き、この子を注視してゆきたいと思います。

 見ているだけの、簡単な趣味です☆

コブシの集合果はこぶこぶしてる.jpg

 ちなみに同じ木に実っていたコブシの集合果の写真も。それに関連して、このサイトの下のほうをご覧ください。クリッククリック。ここに載っている画像では、コブシの果実からは今後真っ赤な実がいくつも顔を見せてくれる模様。コブシの実ってこんなんだったんか。目を輝かせて、体を乗り出して、パソコンモニタに見入ってしまいました。高菜らいすも願わくばこの赤い状態の実物を眺めたいです。待っていてくれ、コブシちゃん。とはいっても、待つのは高菜らいすのほうなのですけれどね(笑) わくわくします。

 以上、狂い咲き情報でございました。
 今日はちょっと暑いのう。


【参考記事】
 →2009年11月20日の記事

 以前の記事で「ハクチョウゲ」と「ベニバナトキワマンサク」について書いておりました。ふふふ。ウェブログの左にある検索機能が役に立ちました。高菜らいす、あったまいいー。去年の11月20日頃、司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』を読んでいた高菜らいすでございました。そういえば司馬遼太郎さんの短編に「ヤタガラス」について書いたものがあるという情報を得ていたのだった。また図書館へ向かいたいと思います。


義仲の二の舞にはなるまいぞ [穏やかに大爆発]

 ご無沙汰致しておりました。

 前の記事から10日くらい空いたのですね。じゃあそれほどご無沙汰ではなかったかも。10日くらい会うことがないときもあるわいなー。改めましておはようございます。この頃は創作活動に邁進したりしておりました。「作家でごはん!」というサイトに鍛錬場というコーナーがありまして、その中の投稿欄のひとつに「三語即興文」というものがある。前の人が出した三つのキーワードを軸に掌編を書く、という鍛錬なのです。これにはまっておりました。

 アイディアはポンポコ浮かんだものの投稿できたのは二作品。久々の投稿で大変緊張したのであります。現在もお題を頭に入れてあれやこれや考えているのですけれど、なかなか尺にあったお話が浮かびません。大抵6000文字を越えてしまうのだよなあ。6000文字を書いている最中に「これは長すぎる!」と気がつけば良いのですけれど、なぜか気がつくこともなく。たぶん夢中なのだろう。投稿できるのは最大3000文字なのです。しかし、本来は50文字から1000文字くらいが目安で、さらに前の人の作品に感想を書かないといけない決まりになっているので、3000文字丸々作品に使用することは出来ません。(2700文字くらいが限界か)

 未だ、1000文字以内におさまったことは数回しかありません。

 この「字数制限の中で物語を作る」という作業がなかなか勉強になるのです。文章を「削る」という作業を行うことになるからだと思います。ときどき「全ての文章は自分の中から出てきたのであって、削ってしまうのはもったいない。無駄な文章にも意味がある」なんてことを思ったりもするのです。「無駄な文章にも意味がある」ってのはなかなか格好良さげで、したり顔で言ってみたくなる言葉なのです。けれど、よく考えてみるに「意味がある」と言っている時点で「その文章は無駄ではなかった」ことになるのでして、これってなんか自己矛盾しておる。最初から「この文章は無駄ではない」と述べ、さらには「これこれこういうニュアンスをかもし出すことに成功しているのだよ?」とか説明すればいいんじゃん。

 ただつらつらと文章を思うままに書き、それがそのまま優れた作品となる。そんなのは一部の天賦の才を与えられた人にしか出来ない芸当なのではありませんか、という疑惑。自分はどうやらその天才ではないようなので、「書き出す文章全部すばらしい」なんてことにはなりえないこともわかった。膨張していた自己像の修正を図りつつ、現在は削る作業を楽しんでおりますの。

 あと、ここ数日は頭痛に悩まされております。土曜日にはげーげー戻しちゃった。強烈な頭痛になると、ご飯が食べられなくなる。いまはだいぶマシになりました。これは気候不順のせいなのでしょうか。7月も中ごろに入ったというのにお日様があまり顔を出しません。今日も曇り空。ときどき激しい雨。日照りが続くとそれはそれで別の困ったことになるのですけれど、もうちょっと僕ら人間の様子を伺ってくださってもよいのではないか。アイスランドの噴火の影響か。大飢饉がやってくるのではあるまいか。嗚呼、恐ろしい。

 一方その頃メキシコ湾海底では原油が大噴火しているそうな。事業主のBPというイギリスの企業の大損害によって、イギリスでは年金額が下がるんではないかとかそんな心配まで。年金がこの会社の株の配当で運用されているとか。これはどうやら対岸の火事ではすまない様子です。この原油掘削に出資していた日本の企業も賠償金を払えといわれているとかなんとか。数年後、海流に乗って太平洋まで原油の薄まったのが流れてくるんではないか、そんなニュースを見ることになるのではないか。恐ろしいです。

 人類滅亡か……。

 あと、そうだ、『太閤立志伝Ⅴ』というゲームをプレイしています。それに時間を割いていたのでウェブログ更新さぼってました。このゲーム、歴史ゲームの老舗KOEIから発売されているゲームです。大昔このゲームのⅡをプレイしたことがありました。信長様に仕える木下藤吉郎になり、立身出世を楽しむゲームなのです。

 最初は兵糧を売り買いして勲功を上げ、そのうち位が上がり、戦に参加させてもらえるようになる。さらにはお城を与えられるようにまでなる。これだけでもずいぶんと面白かったように思うのですけれど、Ⅴにもなるともうね、KOEIすごすぎる。商人として遊べたり、海賊として遊べたり、剣客として遊べたり、忍者として遊べたり、茶人として遊べたり、医者として遊べたり。ある条件を満たせば、木下藤吉郎以外の他の人物でもプレイできたりするそうな。その数800人以上。うわー。伊集院忠朗でプレイしてみたいー。などと夢が膨らみます。

 今回はWindows版を購入しました。3800円の2割引きで購入できました。安い。ファミコン時代、KOEI(光栄)のゲームソフトはべらぼうに値段が高かった印象があります。一万円を越えていたと思う。ゲームデータの容量が多くて当時のROMカセット本体の価格が高くなってしまっていたのではないかと思います。(その後、「CD-ROMの大容量!」などという宣伝文句が登場してきたときにはわくわくしたものでした) もうひとつファミコン本体が購入できてしまうくらいのお値段だった。高菜の兄上は歴史好き、光栄好きだったので、うちには『信長の野望武将風雲録』『大航海時代』『水滸伝』『三国志』といった歴史ゲームがありました。パッケージの定価を見るとすごい値段だったのですよ。

 それがいまや、3800円ですよ、3800円。この値段でこのクオリティ。(廉価版として発売された値段なのですけれど。良い時代になったものです) KOEIの所蔵している歴史に関する資料やノウハウの蓄積もすごいものを感じる。武将の数、どんどん増えていったし。昔は500人くらいでも「すごい、多いなあ!」とか思っていたものだけれど。今後、ダウンロード販売などが進めば、商品製造コスト、流通コスト、在庫余り等の心配もなくなり、それがもっと価格に反映されるかもしれませんにゃー。(町のおもちゃ屋さんはピンチだけれど)

藤吉郎がイケメンすぎると思う.jpg

 流通コストといえば、今回の佐川急便さんの働きっぷりにも驚いたのだ。Amazonで購入したのですけれど、配送予定日よりも早く届いてしまったのだ。かつてAmazonの工場は関東にありまして(千葉かな?)、関西圏への到着に早くても3日から4日ほどかかっていたのです。それが二年ほど前でしょうか、関西は大阪の堺市にAmazon工場が新設された。そのおかげで早く届いたのだと思われます。ネットで配送状況を確認すると、「堺市を出ました」とか、「京都の○○を出ました」とか、「お近くの集配所を出ました」などなどを閲覧できるのがまた面白い。

 そんなに頑張らなくても良いのに、と思いつつ。

 ゆうパック遅配が問題になっている現状、やっぱ民間企業はすげーなあ、と物流素人の高菜らいすはブルブル震えたんでありました。そんなに頑張らなくても良いとは言いつつも、早く届いたことによって高菜らいす顧客満足度は大変高くなっております。Amazon、年に数回は使ってしまうなり。今回は佐川急便さんがグッジョブであります。そんなこんなで過ごしております。

 さて、参院選の結果をつぶさに眺めるぞー。
 どなたの笑顔が拝めるのでしょうか。わくわく。


カタツムリはアジサイを食べない [穏やかに大爆発]

ハナムグリかもしれない.jpg

 おそらく「ネズミモチ」、のお花に「ハナムグリ」がいらっしゃっていた。

 朝、早い時間帯だったせいかあまり活発に動いてはいませんでした。この子は、この小さなお花の何を求めてやってきたのか。たぶん、花粉や蜜であろう。花粉にまみれた姿のハナムグリは大変可愛らしい。幼子が上手にご飯を食べることができず、口の周りにいっぱいご飯を付けちゃっている様子を連想させて、高菜の中に眠れる母性本能が刺激されてしまいました。ハナムグリを擬人化すると語尾には「ムグ」が付くに違いない。「ムグ? 花粉ついちゃったムグ?」

 かわええのう。

 カナブンサイズの甲虫は全般的に好みです。カブトムシやクワガタはちょっと角が進化しすぎ。触るのがおっかないです。(実際に見つけたら迷うことなく捕獲すると思いますけれど。かまととぶってみたかったの) 角のない甲虫は安心して掴める。ですので角のない甲虫が好みです。とはいっても、センチコガネなどの糞虫や死肉に群がるシデムシなんかは、安易に触ることが出来ません。ばいきんまんがいっぱい付いてそう。シデムシといえばSF・恐怖・怪奇小説を書かれたオーガスト・ダーレスさんという作家さんの作品に『シデムシの歌』というのがあるそうな。いつか読もう読もうと思って、現在まだ読めずにおります。うん、今週はこれを探してみよう。

 シデムシ、高菜らいすは実物を見たこともあります。オオヒラタシデムシでした。体長は20mm以上あったと思います。しかも羽化したばかりだった御様子。体がとてもきれいな状態だった。しかし見つけた場所がアパートの階段だったのでして、オーマイゴッド、なんということでしょう、このアパートにはたとえばネズミの屍骸などが屋根裏にあるのかもしれんと考えて寒気がしたり。オオヒラタシデムシをネットで画像検索される際は、注意されたし。何匹も群がっている様子に少し恐怖を覚える可能性があるので。

 けれどもシデムシは悪くない。

 まったく彼らには非が無い。非の打ち所が無い。なんなら彼らはその魂の抜けたネズミの身体を分解し、自然へ返す役目を果たしてくれている素敵なやつらなのです。必要とされているやつらなのだ。一方高菜らいすときたら。まあ、数人には必要とされているかもしれない。ふふふ。

 それではみなさんここで問題です。

 そうです正解は生態学です。(問題の中身を考えるのが面倒だった。横着してごめん) 生態学というのは「ある系のエネルギー収支を考える」学問なのだそうです。そして「ひとつの種類の生き物がそこからそっくり抜けた場合、全体のエネルギー収支にどのような影響を与えるのか」を考えるのだとか。なるほど。ちょいと、興味があったりします。

 ああ、なんか蒸し暑い。


ゆららさららと大気圏突入したまえ [穏やかに大爆発]

タイサンボクのつぼみ.jpg

 タイサンボクのつぼみを発見。

 とても大きい。葉っぱの巨大さにも劣らないその存在感。同じタイサンボクの他のつぼみには花開いているもの、すでに咲き終わったものなどもチラホラ見受けられました。それでは高菜らいすはなぜ花開いているものを写真に収めなかったのでしょう。花開いているものを写真に収め、それをナンジャラカンジャラ画像加工してここにアップする。それが適切なのかもしれないのに。

 背が低くて届かなかったんだよー。

 お花が開いているのはもっと上部に。高菜らいすの身長ではそんな高いとこの撮影は無理です。「誰か背の高いヒトおらんかなあ。身長4メートルくらいの」と声に出しながらデジカメを天に掲げぴょんぴょん跳ねながらなんとかこのつぼみを写真に収めたのでありました。タイサンボクという樹木はとても背が高くなるそうな。昔からある公園などに植えられているタイサンボクなど、天辺を見ることができないくらいになるとか。夏なんかにはちょうど良い木陰を作ってくれるそうです。

 しかし公園や並木に利用されると、ここにヒトの都合というものが発生しますのだ。そばを通行するときに邪魔になる、枝が突き出てきてそれがちょうど子供の目線あたりになって危険、などなどの理由により、下部の枝は選定されてしまうことが多いんだって。たしかに子供が目を怪我したらかわいそうだしな。想像してとても痛い気持ちになりました。イデデ。そういう理由で大きな真っ白のお花を間近で観察するのは難しくなるのである。むむー、あっちをたてればこっちに角がたち、こっちをたてればあっちに角がたつ。なんとかならんものか。

 高菜らいすが思いつくのは、タイサンボク自体を低い位置に植え、ヒトが眺めるときはちょっと上部から、つまり湿地帯などでよく見られる足場のようなものを組んでしまえば良いのではないか、と考える次第です。ま、タイサンボクのためだけにそういう面倒なことはしないでしょうけれど。植物公園でもなければそういうお金のかかりそうなことはなされないだろうし。

 さておき。

 世間では「菅大臣」や「ワールドカップ」や「小惑星探査機はやぶさの帰還」などのニュースでもちきりのようです。菅直人さんはそういえばかつてカイワレダイコンをむしゃむしゃ食べていたなあということを思い出す。また国民年金を納めていたか納めていなかったかという疑惑が持ち上がり、なぜか奥様が涙の会見を開き、そのうち四国へお遍路に向かっていたような、そんなイメージです。この年金記録は菅さんが代表辞任後に厚生省の行政ミスであったとわかったのだとか。(この件だけに関していえば、菅夫妻が気の毒でならない)

 うちの母上は「妻に謝罪会見させて自分は悪くないって言ってるみたいで、菅さんの株が下がったわ」とかなんとか。主婦層に意外と人気があったのかも。いやいや、大事なところはそこじゃなくて……と考えられるようになったのは高菜らいす最近でして、いまから6年前には政治にほとんど無関心でした。お恥ずかしい。小泉首相はブライト・ノアに似ているなあとか思ってた。あの会見の映像が強く記憶に残っていてしかし行政ミスであったということは記憶に薄い、という人がもしいたらば、これは恐ろしいことだよなあと思ったりもします。インパクト勝負で世の中が回る。なんか、ブルブル震えるのであります。

 現在では「政治に興味がないと公言することイコール自分はバカですと公言していることに他ならないのではないか」と感じるようになり、年を順調に重ねだんだん年下の存在を意識するようになったといいますか、「高菜お姉ちゃん、三十路も近いのに政治のことわかんないの?」と無垢な瞳で小さい子に凝視されたら恥ずかしくて爆発しそう、とそんな恐れを抱くようになったのだと思います。

 自分から率先して政治のお話をしようとはあまり思いませんけれど、そんな会話になったときに何も話せない、何もわからない、というのはなるべく避けたい、できれば他のヒトの話を理解できるくらいには達していたい、そんな姿勢で狭い世界を生きております。ちょっとやそっと調べただけでは政治のお話で自分の考えを述べるということはできそうもなかった。それがわかっただけでもみっけもんでした。

 ああでもカイワレダイコンはしかしあんなに大量に食べたら舌がヒリヒリして大変だったろうなといまなら想像できます。あれはもう14年も前の話なのか。あのときの高菜らいす、自分がカイワレダイコンの種を購入しそれを育てて食す生活を送ることになるとは夢にも思っていなかった。懐かしいな。

 ワールドカップはぜんぜんわからない。日本代表が勝利したとか。おめでとう。さきほどNHKでVTRをちらりと眺めたのですけれど、会場全体に「読経」の声が響いているように聞こえたのが印象的でした。スタジアムを埋め尽くす数万人のお坊さんたち。そんな想像をして楽しみました。あれはなんの音なのだろう。あとで調べてみたい。選手はみんながんばってね。観客の方々も楽しめるといいね。後々の社会生活の営みに支障が出ない程度にね。そんな感想。

 ああ、スポーツの面白さを実感したいものです。

 自分がしたことのあるテニス。これだけはときどき試合をぼんやり眺めることがあります。伊達公子さんの笑顔は素敵だなあ、男子のテニスはラリーがあまり続かないなあ、女子のほうがラリーが続くなあ、とか思いつつ。選手の動きを見ているとかつての自分の動きが思い出され、ついつい身体がぎゅっと緊張してしまうのですよ。ふと思うに、サッカーをしたことのある人が世の中にはけっこうたくさんいて、そのためこうしてワールドカップなどの試合になると盛り上がることになるのかもしれない。高菜らいすもサッカーを自分でしてみれば、ちょっとはワールドカップに関心が向くのかも。結論として、高菜らいすは他人に興味が無いということなのかもしれませんな。

 じゃあ話を宇宙へ。

 探査機はやぶさに関しては設計開発に携わった技術者さん達の「そんな危機もあろうかと、こういう対策を用意しておいたのだ」的な、人によっては執拗、変態的とまで思えてしまう準備の良さが話題になっているようです。すんごいお金かかってるし、ひとつの失敗ですべて台無しになる、なんてことを避けようということなのでしょう。思考としてはものすごく真っ当で、素敵だと感じました。はやぶさ本機は地球に戻る途中、大気圏突入後に燃え尽き、イトカワという小惑星で回収したサンプルだけが戻ってくる、そういうことのようです。サンプルの中に果たして何か入っているのでしょうか、何も入っていないのでしょうか。わくわくでございますなー。

 燃え尽きる映像は関連する話題を全部抜きにしても眼福でした。

 なるほど。イトカワから何かを回収できたかもしれないカプセルに対して高菜らいすは興味を持っている。サッカーにはあまり興味がもてない。そういうことがわかりました。サッカー選手の身体の動きや各選手の戦術的な動きなどに興味を持てるようになればワールドカップが気になったりするのかもな。カイワレダイコンを育てることに突然興味を持ち始めたように、いつかサッカーにも興味がわくこともあるかもしれない。

 そんな日々。


七つ道具は持っておりません [穏やかに大爆発]

そこのけそこのけ.jpg

 通せんぼするのはだーれだ。

 高菜らいすとしばらくにらめっこが続き、その後けたたましい鳴き声をあげてカモ君は飛び去ってゆきました。意外に怖かったカモ。マガモ語初級講座勉強中の高菜らいす、「よけるの面倒カモ! でもじっと僕を見てる人がいるカモ! 落ち着かないカモ! ぐわあ」とおっしゃっていると解しました。飛び去っていったと書いたのだけれど、実際はすぐにそばの川に着水しておりました。ざぶーんとね。早朝の鴨川は冷たそうカモ。

 京都は今週からいよいよ初夏らしい気候となってまいりました。お昼間は額に汗をかくことも。そろそろタイサンボクのつぼみが大きくなってきているのではないか。いやもう花開いているかもしれない。そのうちまた植物園に行きたいと思います。おそらく新しい出会いもあるのではないかとオモワレル。

 ハナヂは止まりました。鼻水は相変わらず絶え間なく出続けております。ずるる。このごろ「自分がいま暖かいと感じているのか寒いと感じているのか」という感覚があやふやになっているのであります。己の危険を察知できない、これは生存本能的にヤヴァイのではないか、そのように思います。感覚が鈍っている。ほっぺをぺしぺし叩いて眠っている野性を呼び起こそうと思います。

 がおー。

 新しいPCにもだいぶ慣れてきました。もう普通に使用しております。windows7とXPでの操作の違いなどに戸惑うだろうか、しかしその戸惑いも楽しめるのではないか、などなど思いつつ過ごしておりましたけれど、なるほど、もうwindowsというOSは「XP」時代でほぼ完成していたのではないか、そのような考えに至っています。ライトユーザーである高菜らいすにとって「XP」も「7」もほとんど変わらなく見えます。もちろん内部ではきっと違った動きをしているのでしょう。

 マイクロソフトさん。今後はOSの開発も進めていいけれど、もっとユーザーフレンドリーな仕様に特化してもらいたいと願います。(ウイルス対策ソフトをOSに付けておいてくれよー。そうしたら、ひょっとしたら、公正取引委員会に叱られるのでしょうか。それからブラウザ等で不具合が発生した際に出てくる「詳細」は、ぜんぜん詳細じゃないと思います。詳細見ても解決できないんじゃ意味ないぽん。ぷんすか)

 目下、模索しているのはハードウェア上の構成でして、それは何かというと、これまでPCからの音声出力をミニコンポに接続しておったのです。今回はモニタにスピーカーが付いているからいいかと思ってモニタのスピーカーを使用しているのです。これが、やはり、しょぼい。しょぼい音だなあ。ミニコンポのスピーカーに負けるとは。やはり音声はコンポにつなごう、けれどもスピーカーをどこに設置しようかなあとそのようなことを迷っています。

 ソフトウェアに関しましては「テキストエディタ」を探しているところです。以前使っていたソフトは現OSに対応していないみたい。起動できない。ソフトに関してはXPやVistaで使えていたものは大抵使えるときいていたのですけれど、これがなんとも、いかんともしがたい。どうしたものかしらん。

 おやすみなさい。


聖典には高菜のハンコを押します [穏やかに大爆発]

 鼻血。

 血が足りなくなってしまってフラフラでござる。仕方がないのでトマトジュースを飲みました。けれどもトマトジュースでは血の代わりにはならないんである。ほうれん草とかレバーを食さなければなりません。「吸血鬼がトマトジュースを飲む」という構図を何度か目にしたことがあります。(赤ワインなどであることも多い) 子供が見たら勘違いします。紛らわしいことはやめていただきたい。

 鼻かぜをひいてしまいましてこの頃「鼻かみライフ」を送っておりました。何度も鼻をかむのできっと鼻の内部が弱々になっていたのでしょう。本日ついに大噴火、鼻をかんだらティッシュが真っ赤に染まりました。ぎゃわわと焦りました。お洋服を汚さずにすんだのは不幸中の幸いでした。でも危なかった。と、そんなスクランブルな状態のときに布教活動の方が来訪されたりで、もうしっちゃかめっちゃかな夕刻となりました。

 布教の方とはいつもけっこう話し込んでしまう。「お時間ありますか?」と尋ねられるとどうも嘘がつけず「いや、まあ、無いこともないですけれど」と答えちゃうんだ。「普段、神さまのことを意識したり、考えたりすることはありますか?」「理不尽なことについて、考えたりしますか?」「人の死について、考えることはありますか?」などなどムツカシイ質問をなされます。やりとりをしつつ、しかし、しまったなあ、あなた方に割くことのできる時間を高菜らいすは持っていなかったです、お互いに時間の無駄使いはやめておきたい、という思いが心の中で渦巻き始め、どんどん大きくなる。

 お話が終わった後には大抵は冊子をいただくことになります。「さようなら」「お疲れ様です」と挨拶を交わす。しかし高菜らいすはスーパー無神論者というか、強いて言うなら信仰しているのは「科学」という宗教なのでして、布教の方に無駄なお時間をとらせるだけとらせて徒労に終わらせてしまっているような気がいたします。なんか申し訳ない。すまない気持ちになる。今後も「科学」教から改宗することはたぶん無いと思う。(あるとすれば自分が教祖になるときだと思っております。宗教はある面では「仮説のひとつ」とも言えるものだと思っていて、ですので、優れた仮説が思いついたら「高菜教」を開くかもしれない)

 これまでそういう想いでなんとなく申し訳なく過ごしていたのですけれど、あるときよい方法を教えていただきました。「何か冊子があればいただきます。必ず読みますと最初にびしっと伝えることにしている」という応対の方法を実践されている方がいたのである。なるほどそれは素敵な対応かもしれんと高菜らいすはいたく感心いたしましたのだ。で、これを実行する機会をじっとうかがっていたのですヨ。今回実行してみましたらすぐにお引取りいただけました。

 おお、これはすばらしい。

 いつもは話し込んだあとに「こういう冊子がありますので、どうぞご一読くださいませ」と言って冊子を渡される。最後に渡される。あいだの過程をすっ飛ばしてこちらから「冊子があればいただきます」と伝えてしまえばよかったのだなあ。「必ず読みます」と相手の目を見て言う。これがポイントなのかもしれない。思いのほかスムーズにことが運びまして、ちょっと驚いたくらいです。(今回は、鼻血の心配をしていただいたけれど(^^;)

 流血の顔面は宣教師の方にはどう映ったのであろうか。

エゴノキの花.jpg

 「エゴノキ」が花をぶら下げていました。エゴノキとは、なんとワガママな名前。ウィキペディアには「和名は、果実を口に入れると喉や舌を刺激してえぐい(えごい)ことに由来する」と書かれていました。なるほど。人のココロの中にある「エゴ」を思い起こさせるような、そんなエピソードをもった樹木かと思ってしまいました。白いお花は清楚な感じがして心がしゃきっとしました。画像には花びらが落ちた後のものも写っているみたいなのですけれど、なんだかテレビのアンテナ線を思い出します。

 にせーんじゅーいちー♪ みんなはもう「地デジ」に対応したかニャ?
 高菜らいすは「鼻血」に対応できるようになりたい。


私達、ワンダーパワーで飛んでます [穏やかに大爆発]

マルハナバチの仲間.jpg
マルハナバチの仲間02.jpg

 早朝四時半起床。

 お散歩に行ってまいりました。たくさんの新発見があり興奮しまくりの朝でした。現在、とても眠たいのでございます。幻が見えたりします。うふふ、カイワレダイコンの森だー、とかね。少し早起きしすぎました。河原の探検結果の全貌はまたのちのちということで、とりあえずお知らせしたいことをば。マルハナバチという大きなハチに出会いました。

 「うわっ、刺されるの怖いッス」と以前なら逃げ惑っていたであろう高菜らいす。けれども高菜らいすはもうミツバチのお尻をプリンと触ることも出来るくらいハチのことを知っている子なのです。お花に群がっているときのハチたちはあまり怖くない。驚かせたりしなければ刺されることもない。なんといっても彼女らはお花に夢中なんであります。

 その隙をついて、大接近して彼女を撮影してまいりました。

 自宅へ帰ってからいろいろと検索してみたところ、「オオマルハナバチ」ではないかと思われます。でも安易に決め付けるのは禁物です。違っていたら恥ずかしいから。とても大きなハチでした。数十メートル先からでも、何かがシロツメクサの花に引っ付いているのがわかったくらい。もぞもぞしている様子が視界に飛び込んできたのです。最初はなにか甲虫、たとえばハナムグリであるとか、そういうものがシロツメクサの花にやってきているのかもと予想していました。

 でも違ったー。

 もふもふと毛を生やし、丸々と太った黒っぽいハチ。クマバチであろうか? いや、なんか違う。記憶の引き出しを探ってみるに「マルハナバチ」と呼ばれる種類のハチが出てきた。検索時間は零コンマ2秒ほど。はやい。高菜らいすの検索能力、すごい! と胸を張って言い放ちます。見栄は張らずに胸を張れ。ご先祖様の遺言です。さておき、デジカメのスイッチを入れて高菜らいすは近づいて行ったんである。

 二枚目の画像でシロツメクサの茎がしなっているのがお分かりいただけますでしょうか。それほど、このハチの体重が重かったのです。それほど大きかったのですよー! 早起きは三文の得とはよく言ったものです。朝からとってもよい出会いをしてしまいました。幸福な気持ちになりました。

 そのおかげか、いまはすごく眠いです。
 おやすみなさい。


元気になったらナズドロビア! [穏やかに大爆発]

謎の生命体.jpg

 リーフレタスを育てているのです。土はプランター用のものを買ってきて使っています。土を自分で作ることが出来たら言うことなしなのですけれど、うちには庭も無いし玄関にはそんなスペースは無い。ミミズコンポストを取り入れる勇気も無い。そんなわけで土は買ってきています。

 その土にはどうも何かの種が混ざっているようなのです。前回サラダ菜を育てたときにも見慣れない双葉が出てきていました。そのときはすぐに抜いて捨てました。今回も同じ形の双葉がリーフレタスの双葉の中に混ざっていた。よって少しの間様子を見てみることにしました。

 その様子が、この画像ということになります。
 何の葉っぱなのだろう。

 世間ではなにやら不穏な気配が。朝鮮民主主義人民共和国と大韓民国とのあいだによからぬ空気が流れているようです。魚雷で船が沈没。恐ろしいことです。『ガリヴァー旅行記』でガリヴァーが言っていました。「国と国が干戈(かんか)を交えるには大きく分けて三つの理由が挙げられる」と。「干戈」に振り仮名を振ったのは例のごとく高菜らいすが読み方を間違えていたからです。

 「せんか」だと思ってた(笑)

 「せんか」と読むのであれば漢字は「戦火」になるでしょう。「せんか」と入力しても「干戈」と出てこない。なぜかしらん。調べてみたら「かんか」で掲載されていました。うわちゃー。今ここで恥をかいておいてよかったね、まったく。「千」と「干」は見間違いやすいよね、と、これに皆様が同意してくれないと高菜らいすにはもう逃げ場がありません。どうか同意して見逃してください。それでもあなたがどうしても高菜らいすを糾弾するというのであれば、あたい、もう逃げないわ。臨戦態勢かかっていらっしゃりーの。

 さておき三つの理由とは。①君主の個人的野心②内閣が失政をごまかすため③取るに足りない意見の違い。と、この三つに分けられるのだとか。某自由の国では対外戦争を行うと大統領の支持率が上がってしまうとか。今回の朝鮮民主主義人民共和国の行動は理由②にあたるのではないか。通貨の価値をコントロールしようとしてちょっと失敗したと聞いております。その他にもいろいろ問題がありそう。内部でもめるのを避けるため、外部に視線をそらそうとしているのだろうか。

 というようなことを思ったのでした。

 大韓民国の流したデマである!と反論しているそうですけれど、わたくし一般的で凡庸なひとりの日本人としては、日本国における拉致問題でも最初は「そんな事実は無い」って言ってたもんな、と思うところであります。高菜らいすは個人的に調査を行ったわけではないけれど、自分はビスマルク語録における「愚者」だと思っていますので「経験に学び」まして、今回の韓国の報告を信じることにしたい。

 ちなみに③の理由の「取るに足らない意見でおこってしまった争い」は、他の理由と比べて最もひどい状態に陥ることが多いとガリヴァーは言っていました。「取るに足らないことであること」を理解できない者が始めた争い、いざ始めてみたら馬鹿らしかったけれどなんかもう止められない、だってかっこ悪いじゃん、ということで、ぐずぐずになるということなのだろうか。まあ理由はどうあれ他国と干戈を交えるなんてことは全力で避けたいように思いますけれど。

 これからも暇があったら古典を読むのだー。

 あと、さきほどインターネットで購入した「カイワレダイコンの種」が郵便受けに届いていることを確認しました。すごくうれしくなった。このカイワレダイコンの種、ものすごく安かったの。サイトに記載があったようにたっぷり種が入っていました。試しに蒔いて、調子が良いようなら更に追加でたくさん購入したい。

 今日も種を蒔いた。


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